nekotool さんのヨミメモ

『3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs』(笠井潔、野間易通) by nekotool


〜帯〜
左翼の終焉と21世紀型大衆運動のゆくえ
・登場人物
笠井潔・・60~70年代に激動の政治の季節を生き抜いた革命闘志
野間易通・・バブル時代の日本でのほほんとすごしたノンポリおじさん
・Movement Of The People (民衆の運動)
70sブラック・アフリカ、80s末の東欧、21cアラブ世界、そして3.11後の叛乱
笠井「今や中核はラディカリズムのかけらもないセクト主義、あるいは政治的カルト。極左=ラディカルレフトと呼ぶのは妥当ではない」
[笠井]
21世紀の大衆蜂起
・アメリカのウォール街占拠
・アラブの春
・スペインとギリシャなどの南欧諸国の反貧困運動
・香港の雨傘革命
・台湾のひまわり学生運動
・日本、 3.11以降の反原発運動
・日本、反排外主義運動(いわゆるレイシストしばき)
[笠井]
2015年日本の大衆運動とその先行者
・反原発←反原連
・反排外主義←しばき隊
・反安倍←SEALDs
対して、
・旧左翼の組織力と影響力は低かった。
・新左翼は周辺でうろうろしながら反原連やしばき隊の足を引っ張るだけだった。
・日本の歴史20年分割 [笠井]
1935-1955: 戦争経済の時代
1955-1975: 高度成長の時代
1975-1995: 消費社会の時代
∟74オイルショックの欧米と違いポスト高度成長の安定成長期に入る日本、80後バブル、阪神とサリンで終わる
1995-2015: デフレ不況の時代
∟エヴァに始まる引きこもりの時代、冷笑主義の瀰漫
2015~: シニシズムはダサい。引きこもることさえできない余裕の無さ。シールズ的リア充は、二次元にさえ引き籠れない貧困、余裕の無さへ。
SEALDsの応援団をかって出た、CRACの分身らしい【正体不明の集団「あざらし」】が、マイノリティ憑依型の文化左翼によるSEALDs批判に、反撃した。
[笠井]
ボリシェヴィズム・・・その党派は、「真理」を排他的に独占する。党とは真理の体現者、無謬。党員に服従と献身を要求する。労働者階級は無知で、党が彼らに革命意識を外部注入して権力奪取としての革命意と社会主義を実現。前衛党は唯一無二で、他党派は殲滅すべき。内ゲバを繰り返し、指導を拒否する大衆を虐待する。
 レーニンが創始。中核派など新左翼セクトはこれ。1920にコミンテルン支部として各国に散らばるが平和路線に転換。日本では例外的に新左翼がレーニンに還れを言い出して、共産党に変わる真の前衛党を唱える。
 日本の〈1968〉の可能性を潰したのが中核派などボリシェヴィズム党派。この国で〈1968〉を再開するには、セクトという否定的遺産との対決が必要不可欠。国会前での「あざらし」によるセクト排除の歴史的意義はここにある。
 ボリシェヴィズムについては笠井潔『新版 テロルの現象学』を参照。党派観念の倒錯は今日、イスラム過激派やジハディストに継承されてる。
五野井郁夫『デモとは何かー変貌する直接民主主義』
→クラウド化した社会運動の概念について
・謎の中年集団「あざらし」
 あざらしは、ネット上でSEALDsをSEALsとスペルミスしたところから始まった冗談に端を発するもの。それはSEALDsを勝手にサポートする人々の自称。あざらしの体型とふてぶてしさは、若くてフレッシュなSEALDsに比して中年太りして図々しい自分たちにぴったりな感じがしたのだろう。[野間]
・「ヘサヨ」の語源
「ヘイトスピーチに反対する会(関東で2010に立ち上がった組織、フリーター全般労組とノンセクト・ラディカルの人々、ASC人脈の後継)のやつらみたいなサヨク」のこと。
 カウンター、しばき隊、あざらしが、敵対する一連の人々につけるレッテル。
・ASC
イラク反戦の時にできたサウンドデモ。カルチュラルスタディーズの毛利『ストリートの思想』がマルチチュードとして評価。
野間「streetsをサヨクに奪われたと感じた」と毛利へ私信。
[野間]
 蜂起の主体は、労働者や学生として日常生活を生きる私のアイデンティティを脱ぎ去って街頭へ出た「何者でもない私」。
→ 反原連で労組の幟を下ろさせた。
→ あざらしは「誰でもない」離合集散する雲。
→19cパリの蜂起の主体は、農村から出て農民としてのアイデンティティを失った貧民プロレタリアたち。
→市民でも労働者でもない「何者でもない私」としての1968全共闘。
[笠井]
 街頭行動のプロフェッショナルとして訓練されたあざらしも、当初は「一般の人」だった。「誰でもない私」「何者でもない私」であるような「一般の人」が、「労組風の人や新左翼セクト風の人」とは違う回路で政治化し、持続的な運動主体として自己確立していくとき、あざらしが誕生するのかもしれない。[笠井]
・「何者でもない」を否定神学的に神聖化すると、「だめ連」「素人の乱」的な、はみ出し者の自己承認、サブカル的なアイデンティティポリティクスになってしまう。
世界市民を自称する左派リベラルは、マイノリティからは、国民としての特権をえているのに何を、と思われ、マジョリティからも、無責任で、傍観者的であると思われてる。
その中から、市民ではなく国民としての自称や、草の根としての日の丸が出てきたのではないか。
第4章、必読。
反レイシズム運動のなかのナショナリズム
参考文献
アントニオ・ネグリ『<帝国>』→『マルチチュード』→『帝国』
・野間さんのドブネズミ批判
「デモや抗議行動が奇異な格好で反社会的行動で好んでとるようなはみ出し者の集まりになるとそれは同好の士の集いにすぎなくなり、ひいてはデモそれ自体が目的化してしまう」
 これはバディウによるマルチチュード批判と重なる。「ドブネズミ」(ダメ連、素人の乱)が反グローバリズム運動の日本版とすれば、それこそ日本的に零落した「マルチチュード」ではないか。だが他方で、新資本主義の非物質労働者という点では、「あざらし」(しばき隊以後に路上に出る匿名中年)の方がマルチチュード的。
ドブネズミ→学生的な生活習慣わ大学から離れても続ける、無業者や非正規労働者。気分的なアナキズム。
あざらし→30,40代の中年の職業人。
[笠井]
 日本国憲法で主権者とされる「国民」は、英文ではピープルで、国民国家における国民=ネーションとは異なる。
 ピープルとしての主権が明記された最初の憲法は1793ジャコバン憲法。
 ピープルの正統性の根拠は、1792に王政憲法を打倒した民衆の超絶的な力わ革命過程を主導した大衆蜂起の圧倒的な力である。
 つまり、ピープルとは大衆蜂起を起こして虚無から憲法を創出した「大衆」のこと。大衆蜂起の自己組織化によって彼らはピープルとなった。
 ナポレオン皇帝に率いられたフランス国家の支柱は、ピープルではない。絶対王政から継承した主権国家に対応する存在、要するにネーション。
 日本語の国民はネーションの訳語。同時に天皇の臣民。[笠井]
 民主主義=「統治する者と統治される者の同一性=自己権力」。それは、蜂起したシトワイヤンがピープルに自己形成する運動過程にのみ内在する。が、その後、憲法制定権力が発動され代議制により多数決意思決定システムに制度化されると、自己権力としての民主主義は形骸化し、ピープルはネーションに変質する。民主主義の理念と制度は乖離してゆく[笠井]
GHQによる憲法草案の「the people」を「国民」と翻訳した日本政府は、「国民」とは「all nations/あらゆる国籍の人びと」を意味すると注釈している。
# ↑ 知らなかった。それならもう「住民」で良いのではないだろうか。
 その意味では、1950年の、旧植民地出身者の市民権をはく奪した差別的な国籍法は憲法違反。
 路上でSEALDsにより発せられた「国民なめんな」の「国民」は、大衆蜂起の創造的な回帰であるデモの現場から発せられている以上、「ピープル」以外のなにものでもない。[笠井]
伝説的なステルス部隊である狭義のしばき隊について
 野間易通の在特狩りのきっかけは、Kポップファンの若い女性たちが桜井誠に向けて罵倒ツイートをしているのを目撃したことである。今すぐにでも駆けつけたいがデモも終わっててもう何もできない中、しかたなく「在特狩り行きたいな」とツイッターにつぶやいた。すると、もし何かするなら必ず駆けつけますと、知らない人からメッセージがきた。
 これが、レイシストしばき隊の始まりとなった。
・初めての新大久保しばきの話
警察はレイシストにわざわざ抗議にやってくる人間を左翼と見なすので、犯罪を犯してなくても逮捕したり拘束したりすることに躊躇がない。つまりこうした場における逮捕はほぼすべて不当な弾圧であり警察側に非があるのだが、しかし世間はそう見ないのである。
 だから、逮捕されるの禁止にした。
 しかし結果として警察は予想をはるかにこえるいい動きをした。レイシスト集団と我々のあいだに割って入って規制線を張る→結果、新大久保商店街への侵入を阻止することに成功。
「馬鹿と警察は使いよう」という諺の意味をかみしめた。
「路上も俺らの DANCE FLOOR」
「そんでパーティ」
 しばき隊やあざらしには、オルグという発想が存在しない。
 閉鎖的な組織に一般人を巻き込み、勢力を際限なく拡大しようという点で、左翼セクトとカルト宗教には共通の性質がある。党派性。
「左翼」は「表象を外部から大衆に注入する」=オルグする。〈2011〉は「左翼」を終わらせた。『資本の専制、奴隷の叛逆』ラウル・サンチェス=セディージョ
・民主主義と立憲主義の不可分性
1. 第一の過程=路上の直接民主主義
 大衆蜂起の民衆の意思が憲法制定権力を生み出す。
2. 第二の過程=議会の代表制民主主義
 憲法制定権力による憲法に制約された政治権力の作動。
立憲主義とは1が2に優越するという原則。
レーニンの決断とボリシェヴィキの党派的権力奪取が、ロシアと人類にもたらした厄災は、ソルジェニーツィン『収容所群島』に克明に記されている。
フランスで国民戦線が政権を獲得する以前に、すでに日本では極右政党が権力の座を占めているわけで、他国に類例のない事態といわざるをえない。
・安倍自民党の目指すところ
 21世紀型の新資本主義と東アジア的な権威主義国家の緊密な結合体。すでにシンガポールで効率的に実現され、中国も進みつつある方向。
・生活保守
 文化左翼や新左翼セクトが、3.11後の運動に対してつけるレッテル。資本主義や消費主義を現状肯定し、権力と対峙してないという批判。
ネグリの帝国はようわからんかったが、2013『叛逆』はよくわかった。「左翼の協会はからっぽ。指導者がないからこそ我々は強力だ」[野間]
運慶的なテクネー・・木屑を掘り出すとあらわれる集団的行為・・ブランキ
プラトン主義的なテクニック・・党の設計図をもとに形作る・・レーニン
2016年5月、あとがき記。