nekotool さんのヨミメモ

『戦闘美少女の精神分析』(斎藤環) by nekotool

戦闘美少女の精神分析
斎藤 環
出版社: 筑摩書房   出版日: 2006-05-01   ページ数: 366

・「おたくの精神病理」について
ここで述べる「精神病理」なるものは、「主体を媒介するもの」の指向性を指している。つまり問題はまたしても「メディア」なのである。
・おたくとは
おたくとは近代的なメディア環境が、わが国の思春期心性と相互作用することによって成立した、奇妙で独特の共同体
・大澤真幸によるオタク論
 おたくにおいては、自己同一性を規定する二種類の他者、すなわち超越的な他者と内在的な他者が極度に近接している。自我理想と理想自我の接近。
ラカン派精神病理の公準:
神経症者・・・言葉を語り、それゆえに葛藤する存在
精神病者・・・われわれ神経症者との言葉の共有に常に失敗する存在
オタクの人物類型:
・虚構コンテクストに親和性が高い人
・愛の対象を「所有」するために、虚構化のいう手段に訴える人
・二重見当識ならぬ多重見当識を生きる人
・虚構それ自体に性的対象を見出すことができる人
虚構とはー現実を一定のバイアスのもとに抽象したもの
現実と虚構を区分するものは、あくまで想像的な作用であり、体験が媒介されたものであるという意識(ノット事実)によって、その弁別が可能となる。
漫画・アニメのメディア空間は、無時間性を志向している。
特権的瞬間の引き延し。
カイロス的時間。
われわれは文字を読むようにしてアニメや漫画を「読む」.想像的な対象物を象徴的な作動形式で処理する。日本語における漢字=表意記号とかな=表音記号の二重表記の特異性。
・メディア固有の文脈性
作品の「表層コンテクスト(漫画・アニメ)」→「表現のコンテクスト(ジャンル)」→「物語のコンテクスト」→「内容理解」
そう、われわれはおそらく八〇年代に至って、はじめてある重大な事実に気付いたのだ。 すなわち、セクシュアリティの対象物もまた、漫画・アニメを媒介として共有可能であるという事実。この気付きこそがまさに、この空間における性的描写を爆発的に加速した。もちろん漫画・アニメが本来子供のものであるという健全な認識は、いまなお存在する。しかしこうした制約もまた、即座に手法としての有効性に変換されたのである。「子供向け」というコンテクストにおいて「性」を描くとき、それが未分化なもの、言い換えるなら多型倒錯的効果をもたらしてしまうのは、なかば必然であるためだ。