yuhr さんのヨミメモ

『定本 夜戦と永遠 上---フーコー・ラカン・ルジャンドル』(佐々木中) by yuhr


ラカンは言う、自我とはイメージであると。それはわれわれのまわりにあるさまざまな対象と同じ「全くの対象」にすぎない。われわれがこのわれわれ自身を、われわれの自己を見るのは「全くの対象」として、つまり外部においてである。わたしは、わたしの外にある。そう、この自分の姿は死んでいるばかりか、自分のものですらない。
人間が諸々の対象のなかに知覚するあらゆるまとまりの源は彼自身の身体のイメージです。ところが、このイメージについてすら人間は、そのまとまりを自分の外にしか、そして先取りされた仕方でしか知覚できないのです。
鏡の面に輝かしく映えた自らの姿のなかで、ひとは自らを、自ら自身を愛する。あるいは、憧れの「あの人」の姿のなかに自らを投影し、そのなかで自らを愛する。