yuhr さんのヨミメモ

『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』(香西秀信) by yuhr


これについて、聴衆が非論理的で、ただ語り手の権威に目を眩まされ、負の情報に先入観を植えつけられた結果であると考えるのは、取るに足りない浅薄な解釈である。むしろ彼らは、明らかに別の内容のテープを聞いたと考えるべきだ。つまり、それぞれの語り手のエートスが、同一の死刑廃止論を異なったテクストに変貌させたのである。例えば、Aの聴衆は、その死刑廃止論に語り手の学識、経験、苦悩、思索等を読み込み、それが外見には表れない論拠を産出して、その主張を肯定するための論証に加わった。Bの場合は、評価において、ちょうど逆方向に精神が働いたというわけだ。
このように、語り手は、語られた内容の一部である。私が思いつきで口にした意見と一字一句違わぬものがウィットゲンシュタインの遺稿から発見されたとしても、それらは同じ意見ではない。後者の場合、ウィットゲンシュタインの知られている全仕事が、その新しく発見された言葉の価値を保証しているからである。

論より詭弁 反論理的思考のすすめ
香西 秀信
出版社: 光文社   出版日: 2007-02-16   ページ数: 193