yuhr さんのヨミメモ

『売笑三千年史』(中山太郎) by yuhr

売笑三千年史
中山太郎
出版社: 筑摩書房   出版日: 2013-07-10   ページ数: 720

筑前国宗像郡大島村の官幣大社宗像神社のうち湍津媛に仕える女性だけは、その職に在る間は月水の障りがなく、今にこの不思議を伝えている。
常陸鹿島町の官幣大社鹿島神宮では祭神に仕える女性を『物忌』と称している。これを定めるには神官の娘のまだ月水を見ざる者二人を選み、百日の神事ありて日数満つると二人の名を亀の甲に記し、正殿お石の間で朝から夕までこれを焼くが、神慮に叶うた女子の名が残り、他は焼き失せるので、残った者を物忌とする。しかして物忌となると、その職に在るうちは幾歳になっても潮来せぬということである。
月水の通ずるのを界として神社を退き、または在職中は月水を閉ずるとは、すなわち神々が処女を愛でられたことを啓示しているのである。
賀茂神のの出自を常識的に推し究めれば、同神は父なし子であって、しかも母は売笑の先駆をなした巫娼に縁ある巫女である。
すなわち各地に存した雑魚寝、三河のオヤマ、駿遠地方のヒヨドリオドリ、紀州の盆踊、摂津西ノ宮のオコシヤ祭、豊前生立八幡の尻ツネリ祭、肥後阿蘇社のオットリ娵、播州飾磨の腰打祭、神戸に近き駒林の枕寺の故事、信州山寺区のお籠り、上総一宮町の抱き祭、岩代湯野上のお取持などをおもなるものとして、この外にも琉球のヤガマ、陸中遠野のカマコダキ、秋田地方のカマクラなども、その源流に遡ればことごとく共同婚の派生として見るべきものである。
しかして性的の解放には二つの区別があった。第一はある限られた日に行われ、第二は神の名において行われて来たのである。
さらに往昔は七月十六日に各地に『つと入り』という年中行事があった。すなわちこの日だけは、無断で他人の家に闖入して、諸道具その他を随意に見ることを許されていた。
しかしてそれは山城国宇治町の県神社の『種もらい』という土俗である。同社の例祭は闇祭と称し、神輿の渡御する時刻は町内の総ての燈火を消すのであるが、この間に各地より集り来ている男女の群衆は、狭隘なる宿舎に雑然として押し合いへしあううち、名も所も顔も知らぬ異性達が、手が障り足が触れるままにかたらうのである。そしてこの結果妊娠した婦人はいわゆる子種を貰ったということになるのである。
土佐国高岡郡津野山郷北川村の太う古味と称する寒村の土俗を挙ぐることができる。同村は山中の小部落で二十余戸しかないが、村民は江戸期の末葉なる文久年間までは、世間でいうところの結婚を知らず、ただ少壮の男子が夜間婦女の家に行き宿泊するのみで、もとより一定したる夫婦というものはかつてなく、今夜と明夜の夫は異なり、前晩と翌晩の妻は変わるという有様であった。それゆえに女子を持てる家には相続人あるも、男子を持てる家には相続人とてなく、一村二十余戸の民家はことごとく親戚なるか他人なるか、ほとんど区別もつかぬような生活を続けてきたのである。